記憶新聞
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僕らが育ったファミコン時代
懐かしいファミコンソフトの思い出を語る
 
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一輪車 小学生時代

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小学生のとき、学校に一輪車が新しく10台ぐらい置かれるようになった。

それまで僕は一輪車というものを触ったことがなく、めずらしかったし、
乗りこなせるようになれば楽しそうだなーと思って挑戦することにした。

しかし自転車に乗る練習をしたときと同様、なかなかうまく乗ることができない。
放課後の運動場で友人たちと一緒に遅くまで毎日練習した。

最初は乗った瞬間にバランスを崩してすぐに失敗する。

しかし、練習をかさねるうちに、乗っている時間も少しずつ長くなり、
進める距離も伸びていった。
最初のうちは3メートル、そして5メートル、10メートルと記録が伸びる。

この辺まで上達すれば乗っているのがすごく楽しくなってくる。
次は運動場の端までいけるか挑戦だ、とか遅くまで学校でやってた。

とうとう僕は真っ直ぐに進むだけならどこまででも乗れるくらいにまで上達した。
しかし、前に進むだけで、右や左に曲がることはできなかった。
曲がろうとするとどうしてもバランスを崩して足を地面につけてしまう。

ある日、いつも一緒に練習していた僕の友人H君とS君の2人が学校のより
少し大きくてかっこいい一輪車を見せてくれた。

なんと彼ら2人は自分の家に一輪車があったのだ。マイ一輪車だ。
彼らもそれまで自分の家に一輪車があることを知らず、倉庫を探していたら
置いてあったとか言っていた。

これでわざわざ学校へ行かずとも、いつでもどこでも練習ができる。
僕はというと、自分の家には一輪車というものは置いてなかったので
彼らと遊ぶときにちょっと乗せてもらったりする程度で、相変わらず真っ直ぐに
進むことしかできないままであった。

だから学校で練習することもなくなって、僕もそのうち飽きてきたので
自分も一輪車を買ってほしいなどと親にねだることはなかった。

しかし、彼らは自分たちの一輪車を自由自在に使いこなし、いつのまにか
まるで自転車のように手軽な乗り物として扱っていた。
しかも結構速かった。

おーい、あそぼ〜!

僕を家に誘いにきた彼らは、自転車ではなく一輪車に乗っていた。
しばらくそういう日が続いた。

どこへ行くにも一輪車。
両手を広げてバランスをとりながらクネクネと猛スピードで街中を走り回る彼ら。

小学生2人が一輪車に乗って通り過ぎて行くのを見て、すごいすごいと声を
かける町のおばちゃんたち。

今思い出だすと結構笑える光景だった。

   

 
 

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